ルポ「夜回り先生」講演会

こどもたちへ 水谷修 発行・発売/サンクチュアリ出版
こどもたちへ 水谷修 発行・発売/サンクチュアリ出版

水谷修先生が、今、一番伝えておきたいこと。

水谷修教諭、通称「夜回り先生」。1956年横浜に生まれ、上智大学文学部哲学科卒業。

教師生活の大半を少年の非行・薬物問題に捧げ、「夜回り」と呼ばれる深夜パトロ−ルをたった一人で行いながら、若者の更生に尽力している。

日本各地での講演を通じて、少年非行の実態を広く社会に訴え続けている。

そんな水谷先生の講演を、ある街で聴く機会を得ることができた。

当日の会場は、立錐の余地が無いほど盛況だった。

その大半が、中高生で占められている事に、水谷先生のカリスマ性が感じられた。

年間400回以上の講演活動に、積極的に足を向けている聴衆は、この世代の子ども達が大半なのだろうか?

先生の言葉に何かすがっていきたいという、子ども達の真剣さを感じたのは私だけだっただろうか?

学校の授業に対し、これほどまで真剣に耳を傾けようとする子ども達の姿があるのだろうか?

それらの疑問は、先生の鬼気迫る話を聞いた途端に解決された。

水谷先生が望むと望まないとに拘らず、子ども達にとって先生は教祖の様な存在なのだと思えた。先生の存在に、子ども達は居場所を見出している、心の拠所を感じている。

何故、水谷修という一教師が、その様な存在に崇められているのか。

その答えは一つ、先生は子ども達と正面から向き合い、子ども達に自らの全てを投げ出している、全知全霊をかけて、自らの命をかけて対峙している事に他ならない。

これは綺麗事ではなく、人間の持つ極限の危機感で子ども達の心の奥底と闘っているからだ。

演壇に立った先生の風貌は、とてもこの世のものでは無いくらい衰弱したものだつた。

やせ衰え、目の周りは窪み、肌の色は黒褐色によどみ、時折喘息のような咳をしながらの話しぶりには、人間の域を越えた凄まじい迫力を感じた。

演壇にいる先生自体が、言葉を語らずとも驚愕で見入ってしまうほどの存在感だった。

その存在感は、身震いするほど鬼気漂う風貌だった。

眉間に皺を寄せ、にこりともせずに、今の子ども達の実態を単刀直入な言葉で淡々と語っていく。こちら側が、いい加減な気持ちではいられない空気を、その存在感が創り出していた。

話の内容には、大人が口にするのを避けて通りたい言葉が羅列される。

リストカット・ドラッグ中毒・少女売春(援助交際)・自殺願望、そのどれを取っても現実に起っている生々しい実態例が語られる。

全国の中学校全てで、必ずこの実態例が存在すると先生は説く。

教師・父母・地域住民は、気がついていないのか、気がついていても見て見ぬふりをしているのか、社会の表に出てこない少年少女の実態を赤裸々に語る。

この街の子ども達も、毎日のように補導され司直の手によって裁かれる立場に追いやられている。実際に起きているフィクションなのだ。

東京の池袋では、薬物の売人が横行していて、タ−ゲットが中学校に入りたての子どもから、果ては、小学生高学年まで低年齢化しているという。

子どもに金を与え、ある意味野放しにしている親。

学校に不登校になった子どもを、授業環境から切り離してしまっている教師。

そんな社会から放り出された感覚を持った子ども達が、繁華街の闇の世界で浮遊している。

その子ども達へ、闇の世界から色々な形で魔の手が延びているのだ。

こんな社会問題を一言で片付けられる訳ではない。

又、上辺で物を捉え、中途半端な対応など出来る筈も無い。

水谷先生は、独り身を投げ打ってこの社会の闇と対峙しているわけだが、それを美化したり、援助したりしょうとする行為は、却って問題を歪曲させてしまうことにもなりかねない。

大人たちが、すぐ身近で起きていることに目を向け、アンテナを張り巡らせる事に意識する必要があるのだろう。

地域社会にとって、子ども達は至宝であり、次の社会の担い手である。

社会の担い手を、大人たちが正しい方向へ案内する、担い手としてのプライドが持てる様な環境を創造・整備していく責任がある。

その問題意識を大人たちが夫々持つことが出来るか、そして、具体的に行動する事が出来るか。

子どもが死んでしまいたいと考える「虚実の社会」を野放しにしている大人の責任は大きい。

子ども達が胸を張って生活出来る「居場所」を創出してあげる事が、大人がしなければいけない「社会責任」だと、この講演を聴いて痛烈に感じた。

先生は当たり前の事を説いている。

そして、赤裸々な社会の歪みを実態として言葉で描写している。

大人は、一人一人が真剣に考えるべき問題なのだ。

政治の所為でもない、学校環境の所為でもない、家庭環境の所為でもない、社会を構成している大人達個々の責任は重大なのだ。

誰かがやるだろうでは、この社会問題は無くなってはいかないだろう。

決して上っ面な大人の対応では、子ども達のベクトルが未来へと向いていかない。

水谷先生の講演は、子ども達への警鐘と共に、大人への天誅だと感じる内容だった。

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