■チャスラフスカの涙■

チャスラフスカ 1968メキシコ大会
チャスラフスカ 1968 メキシコ大会

チェコスロバキアのベラ・チャスラフスカは、東京オリンピックの華だった。個人総合、跳馬、平均台で金メダルを獲った。当時22歳の彼女は、赤いレオタ−ドに身をつつみ、ダイナミックな技と美貌、漂う気品で観る人を魅了した。4年後、メキシコ大会でも金メダル4個の快挙を成し遂げた。この年の夏、故国チェコにはソ連などワルシャワ条約機構軍が侵攻した。ソ連の圧倒的な力に沈黙する同胞が多い中で、彼女は最後まで屈することがなかった。メキシコ大会には抗議の意を込め黒のレオタ−ドで出場、表彰式でもソ連の国旗にはそっぽを向いていた。

東京オリンピックから四半期が過ぎた1989年、チェコのプラハにはようやく春が訪れた。共産主義体制が崩れ、それまで弾圧を受け続けてきた劇作家ハヴェルが大統領に就任。チャスラフスカはハヴェルに請われ、医療・福祉担当の大統領顧問に就任。平成4年にはオリンピック委員会の会長に就任した。一見順風満帆かに見えた彼女の人生だったが、再び不幸が彼女を襲った。長男がたまたま酒場で遭遇した実父(チャスラフスカの離婚したかっての夫)を殺害してしまった。それ以来、彼女は精神に変調をきたし、今はプラハ郊外の、うつ病治療で知られるケアホ−ムにいるといわれている。

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