| ■名君の許に賢臣あり■
●名君の許に賢臣あり 作家・経済評論家 堺屋 太一 氏 1935生 チンギス・ハンは生涯に少なくとも4度、絶対絶命の窮地に陥った。史上の英傑で、これほど何度も負けた者は珍しい。だが、その都度這い上がり、以前にも増した地位に踊り出て来る。その心身の強靱さには驚嘆と畏敬を禁じ得ない。 もちろん、そんなことができたのは、チンギス・ハン一人の力ではない。最初は家族の、次にはいろんな階層から出た友人知人の、そして最後にはユ−ラシアの各地から集まった家臣たちの努力や才覚に負うところが大きい。 特に最後の20年間、チンギス・ハンが高齢になってから行なった中華の金朝や中央アジアへの征服戦争では、様々な人種から出た人々がいろんな分野で大活躍する。そのほとんどは低い身分から出た苦労人であり、正規の教育を受けたことのなさそうな人々である。 そんな人々が、軍事だけでなく、行政や立法、財政、金融の面でも、斬新な発想を持って近代的な概念と制度を作り上げた。 それをつぶさに見ると、チンギス・ハンの許には、史上の大天才が雲集したのかと思うほどだ。何しろ10年かそこいらのうちに、文字も暦も知らなかった連中が、世界の大半を征服し長期にわたって統治し、「世界」の概念と大交流時代を開く仕組みの基本を創り上げたのだから凄い。これほどの革新を、これほど短期間にやり遂げた集団は、世界史上に例がない。 |