| ■10月は神無月、出雲だけは神あり月■
10月は神無月、だが出雲では今でも神在月という。その昔出雲にはアイヌの王国があり、その支配権は列島各地に及んでいた。それを証明するものがいくつかある。その一つとして古い民家の座敷の欄間の横の神棚には大黒様と名前をかえた大国主尊が祀られていた。欄間と神棚の間には家を支える大きな柱があり、その柱を大黒柱という。大黒柱の命名はここから来ている。 神無月の由来は10月に、全国各地から神々が出雲に集まり、出雲以外は神様不在ということからこの名がついた。各地方の神々とは各地方の王のこと。神話として残されたため、各地方の王は神格化されて神様になってしまった。 昔は日本各地にアイヌ民族が先住していたが、侵略民族に略奪され北へ追われて残ったのが今のアイヌ民族、南に追われて残ったのが琉球人。北に残されたアイヌ訛りが東北訛りだと言われている。ところが東北以外に1ヶ所だけ、出雲に、東北訛りが残されている。大国主尊が大和朝廷と戦をさけて国ゆずりをした結果、文化遺産も、人も、そのまま残された。言葉も中央集権国家に同化されていったが、語りのアクセントは東北と同じ東北訛りとして残ることとなった。 出雲の東北訛りは松本清張が「砂の器」で事件解明の鍵として使って以来、広く一般に知られるようになった。 ボウリング週報編集部 保永 武 記 |