■総合型私の所見−24■
このところ、総合型地域スポ−ツクラブ構想の様々な見直しや事業精査が成されています。それというのも、そろそろ国庫からの助成金支出の制度期限(1年半後)が迫ってきているからでしょう。 総合型地域SCを立ち上げる一つの目的として、「国民の2人に1人が週1回以上スポ−ツを楽しむ・親しむような環境を創る」ことが挙げられていました。行政の精査状況を調べてみると、「週1回以上スポ−ツを実施した人」の割合は、最新の文科省「平成19年度生涯スポ−ツ振興資料」(生涯スポ−ツ課)によると、44.4%(平成16年度は38.5%)と急増していました。それで、元々の「体力・スポ−ツに関する世論調査」(内閣官房政府広報室/平成18年度)に当たると、「週に3日以上」が29.1%・「週に1〜2日」が30.5%・合計すると59.6%にもなります。どういう計算の仕方で「週1回以上運動・スポ−ツを行なった者の割合」を、行政が推計しているのか全く判りません。実態に即しているのか、些か疑問に思えます。何か、ある程度の施策の成功を既成事実化し、雰囲気作りをしているように感じてしまいます。 私の主観では、各地域SCには以下のような問題点があると感じています。 ・行政への依頼心が強すぎる。 そして具体的な論点はいくつもあると思うのですが、地域SCは誰のもので、その運営方向を誰が決めるのかを考えたとき、整理して考えた項目は次の二つです。 ◎市場型なのか?合意形成型なのか? ◎公益なのか?共益なのか? 先ずは、市場型と合意形成型ですが、前者は、地理的なアクセスが容易な範囲の中で十分な選択肢(多様なクラブ)が成立する場合(人口密度が高い地域)は、好みにあったクラブを探せる可能性が高いと思いますし、競争原理が働くので参加費もある程度抑えられるのではないかと思います。しかし、人口密度が高くない地域では、選択肢が十分に用意されない上にアクセスも不便なので、特に子どもや高齢者の参加には不利だと考えます。 次に、公益と共益ですが、この二つの間には明確な境界線はないと思います。代表的なもので考えると「国益」を挙げられます。通常、国民全体の利益はどっち?と訊かれれば公益(性)と答えると思いますが、例えば、アメリカが国益のために京都議定書に署名せず、環境面での国内規制を進めないといった場合、その国益は、世界の為の地球環境という「公益」ではなく、アメリカ国民というメンバ−の為という「共益」になってしまいます。個人個人が自分にとって利益であるかどうかではなく、自分を含む全体の利益になるかどうかが大事であり、スポ−ツがみんなの利益になることを考えれば「公益」、自分自身または仲間内の為だけの利益であれば「共益」ということになるでしょう。 地域SCについて、この2つの論点を重ねあわせると、「合意形成型」は、スポ−ツ(クラブ)を「公益」とみなす傾向があり、「市場型」は、スポ−ツ(クラブ)を「共益」とみなす傾向があると思います。 私は、この2つを二元論的に「どちらかである」とすることに反対です。加えて、どちらが正しいのかという議論もナンセンスだと思います。なぜなら、地域性によって、多様な形態があると思うからです。地理的にアクセス可能な人口が数万人しかいなければ、市場に任せても複数のクラブができる可能性は低いので、皆で話し合って創りましょう、という地域SCの方が参加者の声がクラブ運営に反映される可能性が高くなります。大都市圏以外の都市では、学区型クラブと市場型(広域型)クラブの並存ということになるでしょう。 但し、「地域」がどのようなスポ−ツ環境をデザインするかについては、(特に地方は)合意形成型で行なうべきだと思います。つまり、市場型に親和性の低い地方では、いきなり市場に任せてしまうのではなく、自分たちの地域の状況にあった仕組みを一度は考えるべきだということです。 あと一つ考えなければならないのは、格差社会生活への細かい配慮です。私の知るサッカ−クラブの参加費は、近隣の他のクラブが2500〜3000円/月なのに対し、5000円/月を徴収して広域型クラブに指導を委託しています。6万円/年という参加費は、学区型クラブへの子どもの参加費としては破格に近いと思います。ボランティア指導者が中々存在しない・定着しないということが主な理由ですが、手弁当体質を変えなければならないという考え方も含まれています。しかし、競争相手がいなくても、できる限り安価にして、たくさんの子ども達が参加出来るようにしたい、という配慮が必要なのではと考えます。生活環境として、低所得を余儀なくされている母子・父子家庭の子どもも、心置きなく参加出来るようなスポ−ツ環境づくりに資するクラブ運営の条件を探って行くべきではないでしょうか。 (太陽系)次号へつづく |