■現代人が作る新しい作品にこそ価値がある■
●江戸独楽世界を回る 江戸独楽職人 広井 政昭 氏 独楽作りに図面はない。例えば、回っているうちに上下が逆転し、軸の上を足にして回り始める「逆立ち独楽」。あれを作ったとき、「遠心力で重たい部分は上を向こうとする」という経験則だけがあった。あとは試行錯誤で形を作っていく。外国の偉い人が、独楽が逆立ちする理屈を数学で解明したそうだが、独楽なんだから回らなきゃ仕方がない。 思いついたからくりは実現するまで絶対にあきらめない。「桃太郎」という作品がある。糸を引っ張って回転させると桃の部分がぱっかり割れて子供が姿を見せる……はずが、桃の仕掛けがきれいに開かない。来る日も来る日もひたすら考えた。ゴムの位置を調整し、す−っと滑らかに桃が開いたとき、どこかでゴ−ンと鐘の音がした。65年の大晦日のことだ。数えたことはないが、4千−5千種類ぐらいは考案しただろう。 創作独楽を評価してくれたのは日本よりも外国のほうが先だった。27年前、パリ装飾美術館に自作を70点ほど持っていったことがある。伝統的な形の独楽も持参したが、館長さんは「あなたが創作したものだけを収蔵します」という。 こっちが怪訝(けげん)な顔をしていたからか、館長さんはこう言った。「伝統の継承は大切ですが、現代人が3千年前と同じギリシャ彫刻を作っても意味はない。現代人が作る新しい作品にこそ価値があるのです」。私が今「創作独楽を作っている」と胸を張って言えるのは、このときの館長さんの言葉があるからだ。 その後も、海外の人に日本文化を知ってもらう活動に招かれ、独楽を携えて世界中を旅した。これまでに50ヵ国は回っただろうか。私は独楽はおもちゃだと思っているが、外国人の目にはア−トと映るらしい。芸術家を見るような目で握手を求められたりすると、どうにも照れくさい。 私は大晦日もきっと仕事場でろくろを回しているだろう。複雑なからくりだと、作るのに10日近くかかるものもある。この道60年といっても、威張れたものじゃない。細工がうまく行かず、失敗してばかりだ。だが明日は今日よりももっとうまく作ってやろうという思いだけは、これまでずっと持ち続けてきた。 よくできた独楽は軸が垂直に立ち、わずかのぶれもなく回転する。あたかも静止しているかのように見えるこの状態を私たちは「眠っている」という。眠っている独楽を見ていると、私はある人の語った言葉を思い出す。「人の心には独楽がある。軸がぶれなければ、人生は正しい方向に向かうもの」。元日には子供と独楽遊びをしながら、己の心の独楽も見つめたいものだ。 |