■森は海の恋人■

 

●森は海の恋人 牡蠣の森を慕う会代表 畠山 重篤 氏

私は宮城県気仙沼でカキの養殖をしています。高校を卒業し家業を継いだ当時の気仙沼湾は、水清らかでカキは大きく育っていました。しかし高度成長期に湾の水質が悪化し始めました。赤潮が発生し、カキが育たない海になったのです。なぜ気仙沼湾が変わったのか。海を見つめても、原因はわかりませんでした。

豊かな海を取り戻すには豊かな森が必要だと気づいたのは、フランスのロワ−ル川河口の漁場を視察した時のこと。カニや貝、小魚やウナギなどたくさんいた気仙沼湾の昔の姿が、そこにありました。森の広葉樹が葉を落として腐葉土層をつくり、養分となって川を流れ海に注ぐ自然界の仕組みを見せつけられました。

気仙沼湾の変化は、川の流域に暮らす人々の生活様式、そして森の変遷に原因がありました。家庭排水、工場排水の垂れ流し、農薬の使用、ダム建設、そして燃料が薪から化石燃料へ。山では雑木林はお金にならないとスギ・ヒノキ一辺倒の拡大造林計画が進んでいました。プランクトンが繁殖するには、川が運んでくる森の土壌の養分が不可欠です。森が海のプランクトンを育てていたわけです。

森と川と海、それぞれの場所で暮す人々が価値観を共有しないと、すべてが良くならないと考えたのは20年も前のこと。「森は海の恋人」を合言葉に植樹活動に取組み、子供たちを養殖場に招いて体験学習を開始しました。実際に海の生物に触れてもらって、自然環境を守ることが安全な食生活につながることを体感してもらいました。

そして、こうした活動が実って、気仙沼湾にとうとうウナギが戻ってきました。20年間の思いが地域の人々に伝わり、気仙沼の森と海は途切れた絆を結びなおしつつあります。

牡蠣の森を慕う会へ

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