■農作業中に両手失い、ゼロから絵をスタ−ト-3■


第3回
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●風の丘 阿蘇大野勝彦美術館 画家 大野 勝彦 氏 1944年生

両手を失ったことで、逆に、多くのものを得たと思っています。最大のものは、肌身で感じた家族の優しさです。

妻は2ヵ月間も病室に寝泊まりし、一緒に過ごしてくれました。3人の子供たちは、「お父さんに心配をかけないようにしよう」と話合い、私の前では、常に明るく振る舞ってくれました。子供たちが書いた手紙を読んで、人前で初めて泣きました。

「何としても生きなければならない」

私は何時間もかけて、「生きる」という詩を書きました。

「死んだと思えばいい 死んだつもりでもう一度 残った命をまっとうしよう 甘えと後悔は許されない これからの旅立ち 身ぶるいに似た戦慄(せんりつ)がある」

もうひとつ、得たものは「時間」です。仕事や地域活動、仲間との付き合いなど、かっては常に忙しく、自分自身や家族とじっくり向き合うことができませんでした。

手術を重ねるごとに、短くなつていく腕を見つめるのはつらかったですが、痛さ、不自由ささえ我慢できれば、自由な時間を使いまくることができる。「生きるぞ」という希望が、徐々にわいてきました。

「手のないことは忘れる」「日常のことは全部自分でやる」「元の明るい笑顔を自分の中に取り入れる」この3つを自分との約束とし、義手での生活に没頭しました。

詩だけでなく、絵を描くようになったのは、筆に慣れるためで、もともと絵心なんてありませんでした。皿に落とした墨を使って、朝の風景や看護師さんを描いて遊んでいました。

そんな絵なのに、看護師さんやほかの患者さんたちは、「すごぉい、ちょうだい」と大喜びです。「こんなに喜んでくれるのなら、もっと本格的に絵を描いてみたい」と絵の世界にどんどんひかれていきました。(つづく)

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