■比叡山回峰二千日満行-2■
●明日はまた新しい人生 天台宗大阿闍梨 酒井 雄哉(ゆうさい) 氏(81) 2度の千日回峰行を経てどんな変化がありました、と聞かれるけど、何にもないんだよ、結局。みんなが思っているような大変なもんじゃない。何も変わらず、今もず−っと毎日歩いているしな。比叡山での回峰行というものでもって、大げさに評価されちゃってるんだよ。 みんなさ、背伸びしたくなるの、ねえ。自分の力以上のことを見せようと思って、ええかっこうしようとするじゃない、だから、ちょっと足元すくわれただけでもスコ−ンといっちゃう。 無理しなくていいんだよ。無理っていうのは、自分にとって理に通らないようなこと。それならやんない方がいいんだな。ぼくなんか、それをはずしながら、肩すかししながらやってきたから、長持ちしてんじゃないの。無理せず、ひがまず、焦らず、慌てず。水の流れるごとく生きる。溜りに入っても、あわてることないよ。よどみも徐々に解かれていくから。 朝ここから草鞋(わらじ)履いて出て行くじゃない。帰ってくるとボロボロになっちゃうわけよ。翌日はまた、新しい草鞋を履いて行く。それを毎日毎日繰り返しているうちに、いつの間にかさ、草鞋と自分が重なってきた。もし自分が草鞋だったら今日でおしまいじゃないの。そして、明日また新しく生まれ変わる。人間もそれと同じだなあって。 山歩いている時は動きの世界、草鞋脱いでこっちで仕事している時は、静かな世界。動と静は背中合わせ。動というのは静、静というのは死。生まれるから死んで、死ぬからまた生まれる。一日が一生、だってね。 今日失敗したからって、ヘナヘナすることない、落ち込むこともない。明日はまた新しい人生が生まれてくるじゃない。だからこそ、今が一番大切だってことだね。今自分がやっていることを一生懸命、忠実にやることが一番いいんじゃないの。(おわり) |