■ひょっとしたら世の中の役に立つかも■

三重・赤目四十八滝 千手滝
三重・赤目四十八滝 千手滝

●ひょっとしたら世の中の役に立つかも 京都造形芸術大学学長 千住 博 氏 1958年生

ニュ−ヨ−クにアトリエを構えてもう15年になる。日本にいてなかなか見えなかったものが、海を隔てて場を転換させたことで、初めて見えてきたのです。そして、自分にあるものは何か、足りないものは何かも知るようになりました。

日本人にしか分からない日本文化などあり得ない、ということなんです。野に咲く花を見て美しいと思うのは日本人だけじゃないでしょう。誰にとっても、美しいものは美しい。スペイン人のピカソが描いた絵を見て、日本人の私が衝撃を受けるように、いいものは必ず、時空を超えて人間レベルでの感動を与えてくれるのです。

日本の文化である日本画も、昔から国際性を内包しているんですよ。ベネチアで、私の『滝』に茶の心に通じるわび、さびがあると評価されました。ということは、千利休のコンセプトがインタ−ナショナルだったということでしょう。日本の伝統的な美意識が、すでに世界に受入れられていたわけですね。

アルタミラやラスコ−の洞窟(どうくつ)に驚異の天井画が描かれ、ア−トという概念が、一万年以上も前に完成していました。言葉が成立する以前から、人間には美を感じる心があったということです。滝と人間の関係もそうです。人間が滝から受ける感銘は、太古から変わらない。人間が人間である限り変わらないものなんです。

ところが、日本の現代社会は、病んでしまっている。相手の話を聞かない、自分と違う考え方を認めない。そして、計算して数量化できるものしか信じなくなった。だから、愛でも夢でも全部カネで買えるという人間が出てくる始末です。なんとも寂しいことですね。

私は30年以上、4千枚近い絵を描いてきました。それが、ひょっとしたら世の中の役に立つかもしれないと考えました。今の日本に欠けている想像力を、コミュニケ−ションするという方法を、芸術的活動を通して理解してもらえるんじゃないだろうかと思い、学長を引き受けたわけです。

ブラ−ムスが最初の交響曲を書いたのは50歳ごろだといわれている。何かを学ぶのに、何歳になっても遅いということはありません。リタイアしても人生の充実感が得られるなんて、うれしいことじゃないですか。60歳で初めて絵を描いたという人がいたとしたら、そんな素晴らしいことはありません。一枚の絵に、その人の60年の歩みが塗りこめられている。こんな真実にあふれた重みのある絵はないのだから。

ピカソはね、多作だったんですよ。だから、多くの人に影響を与えられた。私はね、画家は文化系ではなく、絶対に体育会系だと思っている。健康な体に健全な精神が宿る。病んだ心で人を感動させることはできません。

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