■20世紀の名ボウラーたち-3■
フロレッタ・マッカチェオン斉藤志乃ぶ
フロレッタ・マッカチェオン(左写真)、斉藤志乃ぶ(右写真)



第3回
第2回
第1回

かって、世界で最も読まれているボウリング専門誌「ボウラ−ズジャ−ナル・インタ−ナショナル」誌が99年に特別ミレニアム企画として「BOWLERS OF CENTURY」(20世紀の名ボウラ−100人)を発表したことがある。どんなボウラ−がノミネ−トされていたのか、その一部を紹介しょう。

ドン・ジョンソン(20位)

TV決勝であわやパ−フェクトの299シ−ンはあまりにも有名(パ−フェクト賞金1万ドルをのがす)。PBAタイトル連続12年の記録者で、PBA優勝26回。

フロレッタ・マッカチェオン(25位)

1927年、無名だった主婦ボウラ−、フロレッタが当時の男性ス−パ−ボウラ−、ジミ−・スミス(全米チャンピオン)に3ゲ−ムマッチで704対697で勝ち、全米をアッと驚かせた。しかも彼女は300パ−フェクトを10回、800シリ−ズを5回も記録。ボウリングに男女差のないことを実証した。

バズ・ファジオ(31位)

日本のプロはもちろん、多くのコ−チ、インストラクタ−がファジオのインストラクション(指導講習会)を受けたものだ。古き良き時代の名ボウラ−で全盛期は50年代。68年までツア−プロとして投げ続け、55年のABCマスタ−ズ優勝はその1ペ−ジを飾った。ファジオのボウリング投法は基本に忠実で、あらゆる層のファンに影響を与えたという意味で、その功績は大きい。

斉藤志乃ぶ(74位)

ヤリ投げから転向、世界最多74勝(米国2勝含む)“ギネス勝利記録保持者”である。世界中でプロ、アマ問わずボウリング競技での驚異の優勝記録。74位は再吟味されるべきだと思う。

須田開代子(91位)

1976年初タイトル獲得

日本の女子プロライセンスNo.1保持者。昭和40年代のボウリングブ−ムを中山律子プロらとともに牽引。JLBC(ジャパンレディ−スボウリングクラブ)を設立。43勝。1995年没。57歳。座右銘「生涯青春」

大村義和著「世界のボウリング100年の歴史と至難『スポ−ツ化』に燃えた50年」(遊タイム出版)より掲載

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