■事務局ひとり言■
●夏の日の想い出 夏の日の想い出というと海や山のことを思い浮かべる人が多いだろう。わたしの場合は川になる。出身地は新潟県の小千谷市(おぢやし)。街の中央には信濃川が流れる。また南東方向には魚沼三山(八海山・越後駒ヶ岳・中ノ岳)が望める。海まではずいぶんと遠い土地だ。 父親の釣り好きの影響でこの川に育てられたといっても過言ではないだろう。また小学1年の時には、近所の5、6人と水遊びをしていて、一人だけ川に流され奇跡的に助かった苦い思い出がある。意識が戻った時は下流の堤防に打ち上げられていた。そこにいたのはわたしだけだった。流されてからどの位の時間が経ったのか、どうして助かったのかは今もって分からない。不思議な体験だった。 川に夢中だったのは中学と高校のとき。とくに夏休みは一日3回も川に通った。朝はうなぎのハエナワをあげるため。昼は泳ぎ。夕方は毛バリ釣り。毎日、毎日飽きもせずに繰り返した。当時、川はもうすでに遊泳禁止になっていた。水難事故防止のためだったと思う。誰もいない川で、わたしだけが独りイルカのように泳いだ。いつも心配していた母親も半ば諦めていた。 そして夏休みの終わりには、真っ黒に日焼けし、上半身は逆三角形のような体形になっていた。半袖のシャツの下はス−パ−マンのような体が内心自慢だった。今のメタボ体からはとても想像できないだろうと思う。地元の醸造会社に就職しやがて上京。あれから何十年が過ぎたのだろうか。 時は雷の如くに轟いては静まって、ふと気がついてみれば老いぼれていた。仕事はカメのようにのろく、頭の方はナマケモノのように鈍く、みんなの足を引っ張っているのではないかと心配だ。一応、生涯現役が目標。しかし、いつかは働けなくなる日がやって来る。その時には鮭のように故郷の川を目指したいものだ。残された日々を川と共に過ごす。川の流れをただじっと眺めるだけ。そんな憧れが年々強くなってくる。 夏の日の思い出は、はるか遠い少年の日々の中にあった。そして、それは川砂の中で少しだけキラリとした雲母の破片のようなものだったのかもしれない。 |