■総合型私の所見−27■
アメリカのサブプライムロ−ン問題に端を発し、世界同時株安という市場経済を揺るがす事態となっています。私達の生活実感として、実態経済への影響も目に見えるようになってきました。大型百貨店やス−パ−の支店閉鎖による縮小もその現れでしょう。 但し、マスコミ扇動による不安感も否めません。年金保証の問題や食の安全の問題・相次ぐ行政の失態、これらが負の「札」として連日マスコミを賑わしています。続発する狂気のような事件の数々、人間社会の歪みが地底から噴き出すマグマの如く、社会生活への不安を煽っています。 かと言って、人々は全てをネガティブに捉え、人生を悲観し現実から逃避しようとする行動に出ているかというと、そんなことはないと思います。大多数の人は、そんな社会情勢に不安を抱きながらも、自らの幸福や日々の生活の充足感を求め、懸命に努力し心のゆとりを得ようとしているでしょう。現代社会の歪みの中で、自分のポジションを見つめ、身の丈にあったライフスタイルが送れるよう、アンテナを研ぎ澄ましている方々も少なくありません。 その一つに、ささやかな余暇の時間を充実させたいという思いは、こんな社会情勢だからこそ、反面その一瞬でも満たしていたいという欲求を増幅させていると感じます。文化やスポ−ツへのマインドを高めることも、個人が充実するための重要な手段として選択されているのではないでしょうか。 今まで社会を支えてきた「ロ−カルコミュニティ」が疲弊し、個人が充実を求める場としての「テ−マコミュニティ」の構築に期待感を抱いていることは、このところ実態として感じるようになってきました。 それでは、その「テ−マコミュニティ」の一翼を、ボウリング業界が担っているかというと、実感として全くその兆候はないと言えるでしょう。悲しいかな現在、地域社会の中で「ボウリング場」の存在感は、全くと言っていいほど無いと申し上げても過言ではないでしょう。 「ボウリング場」と言うより、「ボウリング」その物の存在感が感じられません。TVのコマ−シャルやバラエティ番組でちょくちょく露出されている映像等を見かけますが、それは単なる業界の広告ツ−ルにしか感じず、何を言わんとしているのか主張すらも伝わってきません。それだけ、社会的な存在感を失ってしまっていることの現れなのではないでしょうか? 地域に根ざす民間スポ−ツ施設として、もっと存在感を示す方策はあるのではと考えます。40年前に起こった一大ブ−ムから、その過去の繁栄・遺物を引きずってしまっているかのように、旧態然とした経営形態や企業姿勢が見え隠れしてしまうのは私だけなのでしょうか? 地域に浸透した存在感は、地場を大切にする、地場に浸透した「地域貢献」に端を発するのではないでしょうか? 住民のスポ−ツマインドを掻き立てる旗印と成り得るスキルを、ボウリングというスポ−ツは充分持っていると思います。そのスキルを引き出す役目は、民間企業の知恵と行動力にあると思うのですが如何でしょうか? 地域の「テ−マコミュニティ」の発信基地として、ボウリング場の役割をもう一度分析してみたら如何でしょうか? 何か気持ちが明るくなるような、ポジティブな即効性を期待する住民にとって、社会に影響を及ぼすだけのスキルを秘めているボウリングが力を発揮するタイミングなのではないでしょうか? 営業収益のみを追求する内向きの手法では、社会的な存在感は薄まるばかりだということに気付いてほしいものです。 (太陽系) |