普及活動のページ レッツ・ゴー・ボウリング! 第23章
宮田 哲郎
(社)日本プロボウリング協会 (社)日本体育学会・体育経営管理部会員
平成19(2007)年6月1日号
![]() 採火式 ギリシャ・オリンピア |
目次 |
ボウリング・ブームの歴史
この「普及のページ」を書き始めて、いつのまにか23回目に
なりました。そのせいか私を評論家のように思ってくださる方に
出会うことがありますが、実際は実務者として、仮説にもとづく
実践と検証をくりかえしている*現場の人間のひとりです。
また、今春は「ボウリング大辞典」を上梓、次は長年の課題に
なっていた歴史をまとめたいと考えるようになりました。思えば
10数年前、「ボウリング・マガジン誌」で2回 連載したことが
ありましたが、いままで25年間 各国の資料を集めました。
そこで、今月から時代ごとの断片的トピックスを中心に、歴史
研究者の立場で話してみたいと思います。そして、ブーム現象が
起きた時代社会の背景を振り返ることで、皆さんと業界の将来を
考えてみましょう。
また、私が所属している日本スポーツ史学会の研究者は、研究
テーマを民俗(民族)文化のスポーツに求めていることが多く、
大いに参考にはなりますが、ボウリングと社会の関係、時代ごと
の人々の「生活ニーズ」に重点をおき、その時代にブーム現象を
起こした理由も明かして参りましょう。
1.序説:4つのブームがあった
古代エジプトで発見されたナイン・ピンズらしき遺物、開拓期
のアメリカにおけるブームとテン・ピンズの誕生、その後の商業
的な大成功について、おおよそご存知でしょう。しかし、これら
4つのブームについて論考した者は、ほとんどいないようです。
私の研究では、ボウリングにブーム現象が見られるのは、まず
古代エジプトの「子どもの遊び」、次は中世ヨーロッパと開拓期の
米国における「おとなの暇つぶしと賭博」、家族や友人との交流、
職場や地域のコミュニケーション・ツールとして大いに普及した
現代であります。
エジプトにおける証拠は、世界的に著名なエジプト考古学者
英国人のサー・フランダース・ピートリー(ロンドン大学教授)
の論文で発見することができます。次に、開拓期のアメリカは
19世紀最大の人気作家「マーク・トエーン自伝」に詳しく、
次に1930−40年の大不況におけるニュー・デイール政策
とボウリングの普及については、大概の米国スポーツ史には、
詳しく記述されているものです。
以上については、来月から少し詳しくお話しましょう。また、
現代日本における将来の普及は、文部科学省の「スポーツ振興法」
にもとづく「スポーツ振興基本計画・総合型地域スポーツクラブ」
と今後のボウリング種目参画が成功の鍵となりましょう。
次は、これら「4大ブームをまとめた年表」です。
年表をもとにしたエピソードを、順次ご紹介しますが、
果たして「21世紀のボウリング」がどのように発展して
行くのか、ここにヒントが隠されているかもしれません。
2.ブームの年表
BC5,000年ごろ:
エジプト子どもの墳墓に「ボウリングの原型」
BC2,000年ごろ: ギリシャ・ローマのボウリング「ボッチェ」
AD200-300年ごろ:ゲルマン民族の祖チュトンTeuton人のボウリング、ケーゲル[kegle]
AD10-17世紀ごろ:ヨ-ロッパ各地に、ケ-ゲル、スキトルス[Skittles]が大流行―禁止令
1529年(室町戦国): 中世ヨーロッパ九柱戯禁止令を頻発、日・祭日のプレー禁止
1584年(織豊時代): 英国人植民がスキトルスを米国に持ち込む
☆1820-30年ごろ・・・10ピンズ・ボウリングが誕生したと推測される・・・
1850年(江戸時代):ニュ-ヨ-クを中心にボウリング場の一大建設ブ-ムはじまる
1861年(文久元年):長崎に「日本初のボウリング場」オ-プン、英字紙の広告記事
☆1880年(明治13年):この頃から『10ピンズが米国で流行』しはじめる
1895年(明治28年):米国ボウリング協会American
Bowling congress発足
ボウラー組織化・競技ル-ル・用品用具の規格統一に乗出す
1945年(昭和20年):第2次世界大戦、日本の敗戦で終わる
1946年(昭和21年):京都で第1回の「国民体育大会」始まる
☆日本各地に米軍基地のボウリング・センタ-が、およそ400レ-ン設置されていた
1952年(昭和27年):東京都明治神宮外苑の国有地払下げ、民間初のボウリング場
☆「東京ボーリング・センター」20レーン・手動式開業
1958年(昭和33年):気鋭の弁護士エデイ・エライアス(Eddie
Elias)が
米国プロ・ボウリング協会(PBA) を設立
1959年(昭和34年):米国女子プロ・ボウリング(PWBA)協会設立
1967年(昭和42年):推薦プロ19名により、日本プロボウリング協会設立創立記念
大会、矢島純一プロ優勝
1969年(昭和44年):JPBA女子プロ部門、第1期プロ・テスト合格者13名でスタ-ト
1970年(昭和45年):中山律子プロ、TV300を達成、この年「プロ・スポ-ツ大賞」受賞
☆大ブ-ム発生(TVボウリング番組は、週7本、NTV美しきチャレンジャ-の視聴率
27、2%
1973年(昭和48年):全日本ボウリング協会JBC(会長迫水久常)財団法人化
1977年(昭和52年):山賀昭子プロ、米国WIBCト-ナメント制覇、第1回ジャパン・オ-プン開催
1978年(昭和53年):第8回アジア競技大会(タイ・バンコク)で正式種目、金2銀3ケ獲得
1979年(昭和54年):米国BWワ-ルド・オ-プンで、矢島純一プロが パ-フエクト・ゲ-ム達成
全米クイ-ンズ・オ-プンで、斉藤志乃ぶプロが優勝、女王となる
1980年(昭和55年):WIBCト-ナメントでチ-ム優勝(斉藤・稲橋・横溝・永井・木村)
1981年(昭和56年):WIBCクイ-ンズ・オ-プンで杉本勝子プロ優勝、女王となる
1982年(昭和57年):杉本勝子プロ、WIBCを ☆連続制覇!BPAA
USオ-プン斉藤志乃ぶ
プロ制覇(外国人初のUSオープン勝者)
1984年(昭和59年):米国WIBCクイ-ンズ・オ-プンを稲橋和枝プロが制覇
1986年(昭和61年):第10回アジア競技大会(ソウル)で、金6・銀5・銅2を獲得
1987年(昭和62年):沖縄国体で公開競技、翌年の京都国体で正式競技となる
1988年(昭和63年):1988年ソウル・オリンピックに「エキシビション・ゲ-ム」として登場
男子 森金澄5位、女子 浅井敦子2位入賞
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「ボウリングの歴史−その起源と発達」1992年宮田哲郎より抜粋
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