◆孤独なボウリング-5◆
著者ロバ−ト・D・パットナム(ハ−バ−ド大学教授)は、様々な人と人のつながり=《社会関係資本》(ソ−シャル・キャピタル)を作り出すには何がなされるべきか?について次の様に述べている。 過去30年を通じてさまざまな社会的、経済的、技術的変化が、米国の社会関係資本の大量の蓄積を剥ぎ取りすり減らしていった。 テレビ、共稼ぎ家族、郊外スプロ−ル現象、価値観の世代変化……米国社会におけるこれらの、またその他の変化がもたらしたのは、女性投票者連盟、あるいはユナイテッドウェイ、あるいはシュライン会、月例のブリッジクラブ、さらには友人との日曜のピクニックといったものに対しても、それらが自分の最近の生き方にうまくあっているという人間がますます少なくなっていったということであった。 社会関係資本の不足が拡大していることは、教育達成、地域の安全、公正な税徴収、民主主義的な応答性、日常の誠実さ、さらにはわれわれの健康や幸福も脅かしている。 社会関係資本の衰退は、現代のもたらす避けがたい帰結なのだろうか、それともそれに対して何かができるのだろうか。 時にこのような本質的な問題を前にしたとき、歴史が教えるところがある。 この場合、思いがけなく関連した……そして多くの場合楽観的な……教訓を、われわれのものと不思議なほどよく似た時代に見つけることができる……その時代とは、19世紀の終わりと20世紀の始まりにおける数十年間であり、米国史学者が金ぴか時代、革新主義時代と名付けているものである。 19世紀の終わりに米国社会が直面していた課題は、今日われわれが直面しているものの前兆となっていた。 |