◆孤独なボウリング-6◆
著者はロバ−ト・D・パットナム(ハ−バ−ド大学教授)、前号の金ぴか時代、革新主義時代の記述のつづき。 ほぼちょうど1世紀前、米国はやはり劇的な技術的、経済的、そして社会的変化の時期を経験しており、それが社会関係資本の蓄積の相当量をすり減らしてしまっていた。 南北戦争以後30〜40年の間に、産業革命、都市化、そして移民の巨大な波が米国コミュニティを変容させた。 何百万もの米国人が農村に家族や友人を残してシカゴやミルウォ−キ−、ピッツバ−グに移住し、さらに何百万がポ−ランドのヤダヤ人村やイタリアの村落のコミュニティ制度を後にして、ロウワ−イ−ストサイド(ニュ−ヨ−ク・マンハッタン南東部、東欧からのユダヤ人移民街があった)やノ−スエンド(ボストン北部、リトルイタリ−がある)へと移住してきた。 19世紀最終4半世紀の米国は、社会関係資本欠落の典型的症状を呈していた……犯罪の急増、都市の退廃、不十分な教育、貧富の差の拡大、そしてある同時代人が政治腐敗の「したい放題」と呼ぶありさまであった。 しかしこれらの問題の噴出に対して、米国人はそれの改善に乗り出した。 世紀の変わり目周辺の数十年の中で、急速に高まった危機感が、草の根、また全国的リ−ダ−シップの立ち上がりと相まって、社会的創意と政治改革の強烈な爆発を生み出した。 実際、米国社会の主要なコミュニティ制度の大半は、米国史において市民的革新が最も豊かであったこの時期に生み出されるかあるいは一新されたのである。 革新主義時代は米国史の中における、実践的な市民的熱意の唯一の例ではなく、また欠陥がないわけでも全くなかったが、しかし(部分的にはその理由で)われわれ自身の時代への、数多くの示唆に富む対比がそこには含まれている。 この例外的な時代を物語ることにより、われわれ自身の時代を照らすであろうインスピレ−ションや啓発、そして警告的な話をいくつか提供する。 |