◆孤独なボウリング-7◆
著者はロバ−ト・D・パットナム(ハ−バ−ド大学教授)で、前号のつづき。 19世紀最後の数十年間で、空前の数の自発的結社が米国人によって作られ、参加されていった。 新しい種類の結社が増加し、既存の結社の支部が増加し、結社の連合が進んで州、全国組織へとなっていく流れは1870年代に始まり1910年代に入って拡大した。 ピオリアでもセントルイスでも、ボストンでもボイシ、バ−スやボウリンググリ−ンでも、米国人はクラブや教会、支部ロッジや退役軍人会を組織していた。 中継拠点の大都会から、ハ−トランドの小都市に至るあらゆる場所で自発的結社の数は、急速に成長する人口よりも速く増加していった。 したがって、人口当たりの結社密度……友愛、宗教、民族、労働、専門職、市民系その他……は19世紀後半を通じて急激に上昇した。 その後、世紀が変わるとすぐに、結社密度は停滞を始めるようになる(図94に人口当たりの地域組織数の成長を、全国26の多様なコミュニティを標本にとって示した)。
* 米国ボウリング協議会 創立1895年 * 女性国際ボウリング協議会 創立1916年 |