◆ボウリングの歴史◆

ドイツ 聖カタリ−ナ聖堂(遠景の2本の尖塔建物)
ドイツ 聖カタリ−ナ聖堂(遠景の2本の尖塔建物)


2007.4

2007.3
2007.2

●ボウリングは宗教儀式として起こった

たとえ慎重に調査しても、古代のボウリング(ボウルス)の正確な資料を手に入れるのは不可能である。

中には石器時代の人々が石を底の平らな円すいや、とがった石の列に向かって転がしたことからボウリングの形式の一つが始まったと、思い切って結論するものもいる。

ある専門家は、その発生地は明らかに現在の北部イタリアだといっている。

また、紀元前50年頃、シ−ザ−の時代にアルプス地方に住んでいたヘルヴエチア人は、現在のイタリア式のボウリング「ボッチ−」とよく似た競技を行なっていたらしい。

しかし、野外で行なうボウリングがスポ−ツであったのに対し、ピン(柱)を倒す形式は宗教儀式として起こった。

このことは、ベルリン・ボウリング・クラブ及びドイツボウリング協会の会員である、ウイルヘルム・ペ−レ氏の著書「ボウリング」の中に記されている。

パ−ダ−ボルン(ウエストファリア地方の都市)の年代記にはボウリングは最初、大教会の回廊で行われたと記してある。僧は教区民に順番に回廊の一方のはしにピンを置かせ、それに向かってボ−ルを投げさせた。

このピンは異教徒を象徴し、うまく当たった者は清いくらしをして異教徒を退治したとたたえられ、はずれた者は祈りが足りないとされた。

最後に晩餐会が催され、成績の良い「ケゲラ−」(投球手)はたたえられた。

ペ−レの発見によると紀元3〜4世紀にはすでに以上のことが行われていたらしい。

その後たがいに競い合う精神が教会の僧にまでおよび、その時はじめて「ケゲリング」(ボウリング)がスポ−ツとなった。

(ABC“ボウリング”の歴史より掲載)

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