◆ボウリングの歴史◆
●屋外スポ−ツとしてのボウルズゲ−ム 古さということに関していうと、ボウルズゲ−ムはア−チェリ−を除けば、屋外での競技としては最も古い歴史をもつものである。そして、面白いことにはロンドンがその揺籃の地なのである。ト−マス・ベケット(カンタベリ−下主教。ヘンリ−Uと対立、暗殺さる)の友人であり、1190年頃死んだウイリアム・フイッッステファンは、あの偉大な聖職者の伝記を書いているが、その作品の中で彼は、イングランドの道都の当時の様子を、あざやかに描き出している。 少年達が休日をどのように過ごすかを語りながら、フイッッステファンは「彼らは夏の間中弓の練習をし、走り、跳びはね、石を投げる(ジャクトウラピドウム)」と書いている。ここで彼はボウルズゲ−ムのことを指していたにちがいないと思われる。また事実、エンサイクロペディア・ブリタニカ(第9版)には、はっきりと次のように書かれている。「古い時代には、球状の石がボウリングに使用されたことが知られている。そして同じような競技や名称が2世紀の間流行した。すなわち、ヘンリ−4世の時代(1409)までそれは続いた」 しかしながら、ボウルズゲ−ムが古い時代から続いている娯楽だということの証拠は何も文書にのみ求められるわけではない。サザンプト・タウン・ボウリングクラブの芝生(グリ−ン)は、エドワ−ド1世の治世の終わり頃、すなわち1299年以前には作られており、伝説によれば、それ以降絶えることなくそのグリ−ンの上で、競技が行われてきたという。(つづく) *「アレイ」という言葉は、フランス語の「アレ−」(行くという意)から来ており、人々の往来する通路を意味し、イングランド(英国)の至る所に見出せる。だがせまい道という意味で使われる時のこの言葉の用法が、ある時期には町内に一つのボウリングレ−ンが作られていたという事実に由来することを示すものは何もない。 (ABC“ボウリング”の歴史より掲載) |