◆米国ボウリング事情◆
近代ボウリングの発祥地、世界一のボウリング国、米国からボウリング産業の概観について、サンディ・ハンセル氏(ハンセル&アソシエツ)のレポ−トを数回にわたってご紹介する。 ボウリング産業は現在、人気の高揚と財政の安定化の時期を迎えている。新しい技術を取り入れ、顧客の層を広げ、様々なエンタ−テイメントを提供することで、ボウリングは米国の家族活動や伝統的な大衆活動の新たな注目の的の一つになることに成功した。 ボウリングは注目すべき顧客の母集団を引き付ける:5000万人以上、すなわち米国の人口の20%以上の人々が昨年一度はボウリングをし、約500万人がリ−グ競技に積極的に参加している。施設を改修し、積極的なマ−ケッテングプログラムを始め、ボウリング以外の補助的な活動を加えることでほとんどのボウリングセンタ−が近所の「家族向け娯楽センタ−」として見直されてきたのである。そのおかげで、かれらは顧客の遊興費と稀少な空き時間を狙う競争相手の中でも有力になったのである。 ボウリングビジネスは大いに儲けになる。、投資では平均以上の見返りと極めて強いキャッシュフロ−を生み出す。その上、失敗がほとんどない。ボウリング場のオ−ナ−は多様であるが、非常に多くのセンタ−が家族所有、家族経営である。 合衆国ではボウリングは40億ドル(5000億円)産業である。 ●ボウリング産業史 ボウリングは合衆国では植民地時代以来の人気スポ−ツである。成長ビジネスとしてのボウリングの概念は1900年代初頭に定着した。1950年代終わり及び1960年代初め、フルオ−トマチックのピンセッタ−導入とともに近代ボウリングが始まったとき、20億ドル以上の資本投資を反映してボウリングレ−ンの総数が2倍以上になった。その後1960年代半ばに産業は短期間の発展過剰になり、その後に多くの倒産と回収を生んだ。 産業は1960年代終わりに安定し、その後1970年から1980年代まで繁栄した。その期間中、ト−ナメントやその他の大会に参加するほか、毎週数回投げに行くリ−グボウラ−の巨大で堅実な母集団によってビジネスは推進された。飲食物の売り上げも堅調でセンタ−はテレビゲ−ムからも利益をあげ始めた。 1980年代中頃までには、従来のリ−グボウリングが下火になり始めたので、ボウリング場経営者たちは積極的に宣伝戦略を立て、レクレ−ション志向で社交本位の新たな市場を生み出そうとし始めた。さらに、かなりの数のセンタ−が新規の市場階層へのアピ−ルを強めようと商品数を増やし補助的な活動を追加していった。 1990年代になると、ボウリング産業は次の2つの基本戦略を採用することにより、急速に発展した地域密着型の娯楽産業へ一直線にシフトしていった:1)従来のボウリング用品をリ−グボウラ−にも一般ボウラ−にも買ってもらえるように包装を変える:2)ボウリングを中核に広範囲な活動を取り入れた「家族向け娯楽施設」へと諸設備の形を変えていく。 顧客が増え続けている今日、ボウリングは、競技スポ−ツとしても、社交・家族活動としても、また地域密着型娯楽としても市場展開できる唯一のメジャ−なレクレ−ション活動である。 |