●ボウリングの歴史●
●9柱戯と近い関係にある現在の競技 近代的な競技の発達には、今まで述べてきてた競技の全てが、それぞれ多少の貢献はしたのだが、今日行われている競技と最も近い関係にあるのは9柱戯だといってよいだろう。初め、オランダ、ドイツ、スイスで行われていたこの競技では、粘土または灰をしきつめた床の上にボ−ルを転がして遊んだのである。 また、これらの競技が元来は屋外の娯楽であって、野外で行われたことも確かである。後になつて、ほぼ1200年頃、競技が更に普及すると、巾が約12インチから18インチ、長さ20ヤ−ドから30ヤ−ドの1枚板がレ−ンとして使われるようになった。36インチから48インチ4方の正方形をした板の台の上に、3本づつ3列、計9本のピンがセットされた。だから、角のピンを倒すことは当然不可能であり、したがってピンは投球が終わるごとに置き直された。 時にはいろいろな改良がなされた。例えば、レ−ンの両端に参加者と観客のための小屋が設けられたし、枠組みのそばに立っていて倒されたピンをセットし直す者のためにも小屋のようなものが建てられていた。さらに後になると、ピンからボウラ−達のいる方へ向かってゆるい傾斜をつけた小さな樋がレ−ンの片側に作られた。 ピンボ−イが倒れたピンの数を叫び、それが競技者の得点ということになった。ここにおいて我々はボウルリタ−ン装置の原型を見ることができる。現在は「小さな樋」に代わって、機構的に完全で科学的に勾配をつけられた、ボ−ルをもどすための通路(ランウエイ)があり、この装置は不必要な遅れなしに直ぐプレ−ヤ−にボ−ルを返すので、時間を節約するために1投毎にボ−ルを変える必要はない。 勿論、迅速さということになれば、すばらしい自動ピンスポッタ−(自動ピンセッタ−)に負う所も大きい。この装置は非常に完成されたものであり、ピンの位置やピンとピンの間隔が正確かどうかといった議論の余地を全くなくしてしまった。というのもそれらの機構は大変精密に調整されており、1本1本のピンは確実にそして正しくそれぞれの位置にセットされるのである。 自動的にピンをセットする機械は、いきあたりばったりにピンをセットする方法を20年から25年前に追放してしまった。今日では非常に細心の注意をはらえば別かもしれぬが、普通に手でセットする場合よりもずっと正確にピンはセットされるのである。またこれらの機械はゲ−ムのスピ−ドをあげ、ゲ−ムが退屈なものになるのを防いでいる。(つづく) (ABC“ボウリング”の歴史より掲載) |