●日本は衰退国である-2●

第2回
第1回

●日本は衰退国である-2 経営共創基盤社長 冨山 和彦 氏

少子高齢化で頼みの人的資源は量的に減少し、平和と繁栄の代償として質も劣化しつつある。ところが政治も表層的な格差論議と、場当たり的な所得配分による慰撫策論争が大勢だ。

格差の真因は、新興国も含めたグロ−バル競争下で、生産性、競争力格差に直面した産業セクタ−、地域、年代が生じてしまったことにある。構造改革がその格差を顕在化させた側面があることは否定しないが、根本原因はもっと深い世界史的脈絡の中にある。問題の本質的な解決には、厳しい競争の中で必死に創意工夫と努力を続け、世界的水準での競争力、とりわけ人材競争力を再生するしか道はない。

「日本の製造業には競争力がある。だから日本経済は磐石だ」という議論がある。しかしその利益の相当部分は、海外現地法人で生まれ、販売するという外・外の成長モデルに移行しつつある。これも国内市場の縮小とグロ−バル競争の必然。今や企業業績の好調さは国民生活向上に必ずしも直結しない。国内の親会社が好業績に見えても、労働分配的には海外で価値を生み出している人々へ配分するのがフェアであり、まともな経営者なら皆、そうするはずだ。

企業のグロ−バル化の果実を日本国民が手にするまっとうな方法は、これらの企業の株式を家計が保有することだが、この国はリスクマネ−創出につながる金融自由化や郵政民営化に大きな後れをとった。法人税制や証券税制に至っては、政治が情緒的論理に足を取られ、時代遅れな体系を変えられないでいる。

少子高齢化も経済のグロ−バル化も20年以上前からわかっていた。しかし、この国の経済財政運営は、低劣で的外れな議論を繰り返し、国家と国民経済の衰退に歯止めが掛けられないでいる。それはなぜか?

立憲民主主義国家では立法、行政、司法の三種が、民主的統制のもと国民の福利と繁栄に最終責任を負っている。政治の貧困やねじれ、官僚機構の制度疲労などそれぞれに問題を抱えているのも事実だろう。しかし筆者には、さらに民主的統治プロセス自体に大きな欠陥があるように思われる。その最たるものは、経済財政政策上の本質的な利害対立と政策論点を真正面から争点にしづらい選挙制度だ。(つづく)

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